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5日に夜行寝台電車でバンコクへ行き、翌朝そのまま南行きの電車に乗り換え、夕方4時頃にスラッタニー駅に到着、1時間半のバスに揺られて船着き場へ行き、そこからさらにフェリーに乗って約2時間、サムイ島へ到着です。ここまでで十分お疲れさまでした。フーテン時代は「金はないが時間だけはたっぷりある」旅人であったので、こういう旅行はごく普通のことであったのだが、いやー久しぶりにやると疲れますなあ。
計算してみたら、サムイ島へ来たのは16年ぶりのことでありました。初めて着たときは、ほんとうに静かでのんびりしたいい島だったのだが、最後に行ったときには空港も出来ていて、高級ホテル建設も進み始めて来た頃だったので、「この楽園ももう終わりだな」と残念に勝手に思っていた予感は的中で、今やもう金をたっぷり使う高級リゾート旅行者じゃないと楽しめない場所になりつつあるようです。当時、バックパッカーが集まっていたチャウエンやラマイは人でごった返し、町からは高級リゾートの玄関の合間をぬってやっと見える海。バンコクからの列車賃より高い値段をふっかけてくるタクシー。そして、毎回サムイを訪れる度に滞在していたチェンモン・ビーチのPS Villaは、まだしっかり残っていたものの、一番安い部屋でもしっかりエアコンが付いておって、1泊ダブルで700バーツ、新しくできた建物の部屋が2500バーツ、レストランも100バーツ以下のものを探すのが難しいような値段のものばっかし。ほとんどひとけのなかったチェンモン・ビーチは安バンガローにハンモックというのんびりしたいいビーチだったのに、今やまあヒト・ヒト・ヒトで、水上バイクが爆音を立てながら猛スピードで海を走っていて、もうほんっっとにガッカリっでした。。定宿のオーナーはそのままで、昔赤ちゃんだった長男と同い年で一緒に毎日遊んだ娘さんが、ちょうどソンクラーン休みでバンコクの大学から帰省していて、パンガン島とタオ島をウロウロしていたウチの長男とココで合流し、大笑いのご対面。もちろん当の二人はなんも覚えてないんだが、わしが当時のビデオをDVDに焼いて持っていったので、二人が仲良く遊ぶ姿に親たちはオオウケでした(笑)でも、宿のオーナーも嘆いていたよ。「ココナツの木が容赦なく倒されて、地元の人とは全く関係のない、外の大資本が入ってきて高級リゾートを建てる。自分たちも周りに合わせないと生き残れない。」と。わしらにとっても、これでサムイ島へ行くのは最後かもなあ、となんだかとっても寂しい想いを抱きながら、翌日には隣りのパンガン島へのフェリーに乗ってました。
(雑談)サムイ島へ到着した翌朝、わしは抜歯しました(T▽T)チャウエンのTESCOの横にある歯医者さん、可愛い女性の歯科医さんで、とっても丁寧に麻酔してくれて抜歯してくれました。感謝!(1200バーツ也)
写真は定宿PSVillaの隣りのWhiteHouseの夜のビーチレストラン。このWhitehouseは昔ちょっと高級目のバンガローだったのが、今やもの高級リゾートに変貌。メニューを持つ手も震えます(T▽T)







