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●ジャクリーヌ・デュ・プレと、エルガーのチェロ協奏曲 長男がチェロを習い始めた頃、名演奏をいっぱい聴いてね、と
チェロの先生 が貸してくれたDVDのひとつに、
ジャクリーヌ・デュ・プレ が演奏するエルガーのチェロ協奏曲がありました。それをワシは息子から取り上げ、何度見たかわかりません。ほんと、ぶっ飛んだのです。なんという情熱、気迫!チェロと完全に一体化してるというか、身体の一部。気がつくと音楽とすっかり溶合って、演奏者と楽器と音の境界線が消えている。この曲の悲しさをとことんまで引き出していて、魂を鷲掴みにされます。
天才チェリストとして頂点にいたところで、多発性硬化症という難病で身体が不自由になり、演奏家としての生命を絶たれたのが若干27歳。類い稀な才能と情熱とあまりにもドラマチックな運命。デュ・プレのチェロ協奏曲を聴くと、必ず涙がジワ〜〜と溢れてきてしまうのは、ほぼ条件反射っす。
彼女の演奏をほんの数フィート離れたところで見た私は本当に、見事にノックアウトされました。それはあまりに美しく、霊感に富み、魔法みたいで私は彼女に話し掛けることすらできませんでした。もちろん誰も口を開く者はいませんでした。 ーーロンドン交響楽団のコンサートマスター、ヒュー・マグワイア クラシック音楽資料館、エルガー : チェロ協奏曲 より引用
1楽章と2楽章は繋がってるので、↑コレだけ聴くと、なんか尻切れっぽいっすが。指揮者はジャクリーヌの夫、
ダニエル・バレンボイム 。
さて、下のビデオは、天下のヨーヨーマの演奏によるエルガーのチェロ協奏曲。指揮者も上のデュ・プレの演奏と同じ、彼女の夫のダニエル・バレンボイム(随分お歳を召されました)。ヨーヨーマはデュプレが亡き後に彼女のチェロ、ダヴィドフ・ストラディバリウスを引き継いだのだが、この演奏でダヴィドフを使ってるのかどうかは、素人のワシにはわかりません。思いっきり比べてやってください(笑)ヨーヨーマも大御所様ですから、もちろん素晴らしいのです。きっと楽譜にも忠実です。もうちっとで射○しちゃうんじゃないかとハラハラするほど、ノリノリです。でもデュ・プレの演奏に親しんでしまうと、なんか物足りないのです。
最後に、ジャクリーヌ・デュ・プレを紹介する上で、外せないのが映画「
ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ (原題;Hilary and Jackie) 」この映画はどこまで「ほんとう」なのかはわからんのだが、また、なんでこういうアホな邦題をつけたんだか。いつもの事ながら邦題というやつにはガッカリさせられます。で、映画のほうはジャクリーヌの姉ヒラリーとのソウルメイトな関係を基盤においた物語。かなりスキャンダラスな部分があって、あそこまで病的だったとは考えにくいものの、ジャッキーが夫のバレンボイムに「チェロがなくても私を愛してくれた?」と質問し、その返答が「ばかだなあ、チェロと君は一体じゃないか」みたいな反応で傷つき、チェロのない自分は愛されないという苦悩を抱えて精神状態がどんどん崩れていく様子は、実際にあったのかもしれないなあと思う。実際、発病後バレンボイムは愛人を作り子どもまで作って(相手の女性はなんとギドン・クレーメル前妻だって)42歳でジャクリーヌが他界した翌年に再婚しています。天才チェリストは、その輝きと名声の裏で、ほんとうは孤独で愛に飢えていたのかもしれないっすね。つーわけで、またエルガー聴くときに涙でちゃいますねえ。下は映画のトレイラーです。
オススメ:
EMIミュージック・ジャパン
デュ・プレ(ジャクリーヌ)(アーティスト)フォーレ(作曲)ブルッフ(作曲)エルガー(作曲)パラディス(作曲)シューマン(作曲)ロンドン交響楽団(演奏)ウィリアムス(ジョン)(演奏)ムーア(ジェラルド)(演奏)ジェイスン(ロイ)(演奏)エリス(オージアン)(演奏)
発売日:1999-10-08
コメント: 彼女はチェロの可能性を広げた天才/力強い低音/ デュ・プレの名演集
EMIミュージック・ジャパン
デュ・プレ(ジャクリーヌ)(演奏)
発売日:2005-09-14
コメント:ジャッキーは何て早く死んでしまったんだろう。/ 惜しむより感謝すべき/忘れられない音色
オマケ:ジャクリーヌの名前がついた
バラ もあります
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●ドビュッシー前奏曲集第1巻10番「沈める寺」〜共鳴する和音の波にのまれて 前奏曲集第1巻の10曲目の「沈める寺」数あるドビュッシーの宝石のような曲の中で、もっとも好きな曲のひとつです。フランスの古い言い伝えイースの伝説(記事の下のほうの過去記事からの転載を参照ください)が背景にある。響き渡る大聖堂の鐘の音と祈りの声、海から浮かび上がりその姿を見せる美しい教会、そして再び海の中に厳かに姿を消し静寂が戻る・・・という情景が立体的に目に浮かぶような幻想的な曲ですよね。変化していく和音が幾重にも幾重にも重なって共鳴して神秘的で、んでもって、ああなんという色彩!! 楽譜見た事ある??まるで団子屋っす。ええ、串にささったお団子たち!それもだんご三兄弟じゃなくて、あんた。一串に7個とかよ!指は片手に5本しかないのよ!一本の指で二つの鍵盤叩かないと指足りないんだってば、こにゃろめ!ちなみに全音のピアノピースの難易度もD!速弾きも、超技巧っぽいものもないのに難易度D!ドビュっちったらもう天才!
つーわけで、沈める寺を弾く、地球防衛軍のようなマンガちっくなおっさんは、今は亡きミケランジェリ様です。
Youtubeが不調な方は(チェンマイの人とか(^^;)、ウチのフォトコラージュ・ギャラリー「
イースの伝説 」で演奏曲を利用させて頂いている
小栗克裕先生 のMP3で。→
クリック 【旧ウエブサイト、2002年3月の日記に掲載。後にフォトコラージュ・ギャラリー に「イースの伝説 」として転載】 イースの伝説について 「バルザス・ブレイズ(ブルターニュの歌)」(5〜6世紀の口承物語集)より ブルターニュ南部のコルアイユの善良な王グラドロンは、溺愛していた美しい娘ダユーの為にイースの都を建設しました。イースは海面よりも低い土地に建設されたため、立派な水門と堤防に守られていました。ダユーは放蕩で悪徳の限りをつくし、彼女の治める都は欲と快楽の上に繁栄していました。美しいダユーに求婚する男性は数知れず、彼女と一夜を過ごした男性は魔法によって無惨にも殺され海に捨てられていました。ある日、頭から足の先まで赤の衣装に身を包んだ不思議な王子が現れます。今までの男とはまったく違うこの男は、この堕落した町に罰を与えるべき登場した神の使いでした。ダユーは恋に落ち、男の要求通りに、王が首にかけていたイースの水門の鍵を盗み出してしまいます。それと同時に、繁栄した都は一瞬のうちに、海底に沈んでしまいました。それからというもの、人魚になったダユーは、その魅惑的な歌声で男たちを海に誘い出しました。人魚ダユーの姿を見たものは、決して生きて戻ることはなかったといいます。 海底に眠るイースの都は、グラドロンの教会でミサが行われなくなるとき、この世のものとは思えないほど美しい姿で浮上してくると言われています。パリ(Par-Is)は、「イースのような」という意味から名づけられました。 当時のブルターニュ地方はアルモリカ(海の国)と呼ばれており、ケルト難民が大勢押し寄せていました。この地に伝わる伝説には、ケルト神話的なものが数多く残っています。19世紀にヴィルマルケによって「バルザス・ブレイズ」がまとめられ出版されました。 ドビュッシー作曲の「沈める寺」は、この「イースの伝説」が元になっており、グラドロンの教会での祈りの声とイースが浮上するその姿、そして鳴り響く教会の鐘の音を表現したものです。なんとも幻想的なプレリュードではありませんか。
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あえて、原題を訳したタイトルを載せてみました。だって、邦題ったら・・・ラフマニノフ ある愛の調べ なにそれ!!!!!!? 「ライラック」が、どこをどう訳したら「ある愛の調べ」になるわけ??いい加減にせい!日本の映画配給会社はこういう系統のタイトルが好きなようである。勝手にイメージ作られて全く迷惑なこっちゃ。 ちゅーわけで、とんでもねー俗な邦題がついて、タイトルでズッコケてしまうラフマニノフのラブ・ストーリー映画が公開になるらしいっての!こういう映画はチェンマイで見られる可能性はゼロです。はい、ゼロです。チェンマイはドンパチ系のハリウッド映画か、大変シュミの悪いホラー映画ばっかり。見たいと思う映画は滅多ナイです。 内容のほうは、どうやら天才ラフマニノフの完璧ラブストーリーで、ロシア革命からの亡命と祖国への愛、彼ほどの偉大なアートな男ならまあ許せちゃう女性遍歴のいろいろ?ある程度の真実を含むとしても、多分フィクションなんでしょう。何にしても、映画一本丸々ラフマニノフというのは、ファンにしたら飛び上がり級に嬉しいものです。映画といえば、ピアノ協奏曲3番 が重要な位置に登場する「シャイン 」もラフマニノフ・ファンには悶絶モノであったと思います。(もちろん千秋が弾くピアノ協奏曲2番 も忘れてはイケマセン)今度は甘く切なく、予告編を見る限りでは、泣いてもいい・傷ついてもいい・・・だから「ワシもその女遍歴の一人に加えろ!!!!」と叫びたくになるに違いないような雰囲気であります。 予告編はピアノ協奏曲2番/第一楽章 の出だしから。いつ聴いてもカッコ良すぎる世紀の名曲です。予告編がラブストーリー部分に突入すると、曲がパガニーニの主題による狂詩曲」第18変奏 に変わります。この曲、やっぱしすっげ美しいのう。ラフマニノフが今生きていて、ワシの目の前でこの曲を演奏してくれたら、曲が終ると同時に心臓止まっても悔いないです、ほんと。 ワシはこの映画みられるのか???来月19日から公開!!DVD出るのかな〜〜〜〜(涙) 映画の原題が「ライラック(リラ)」であるので、コレが関係ないわけないと思うんですけど。映画中には使用されてないようですね。 ラフマニノフ自身が演奏する「リラの花 (Lilacs op.21 no.5)」
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●深遠、静謐・・・アルヴォ・ペルト ビアティチューズ(山上の垂訓) The Beatitudes、Arvo Part 「世界は音なり ナーダ・ブラフマー」というインドの聖典の言葉があるが、世界は振動していて音(vibration)に満ちており、人は音を通して大宇宙の原理に触れる。実際、ワシら自身も震動の固まりであるので、音そのもの。波動がぴったりと合う音楽に触れると、魂が震えてきて共鳴し,大きなうねりになる。思わず、身体を脱ぎ捨てて,この音と一体になってしまいたいという感覚に襲われたりするのであった。 何度聴いても鳥肌がボツボツと発生してしまう曲のご紹介でございます。別に前もって宣言しておくほどのこともないが念のため、ワシはクリスチャンではありません。でも教会音楽スゲー好き(クリスチャンポップじゃないよ)。教会音楽のためなら、ソルトレイクシティのモルモン教会まで足を踏み入れてしまう根性もあります(てか見事なのよ、あそこのパイプオルガン。)んで、本日の曲はアルヴォ・ペルト のThe Beatitudesです。ペルトの曲の中で特に名曲とされて注目されているわけでもない小曲です。詩はタイトルの通り、新約聖書のマタイの福音書から「山上の垂訓」として知られる「心の貧しい人々は、幸いである」など8章からなる幸福の説教です。ペルトと信仰は切っても切れないものがあるので、歌詞への理解もなければ曲は味わえないかもしれんのだが、まあそこはクリスチャンじゃいやつがわからんくせに聴いてるっちゅーので勘弁してもらうってことで。 まずは歌詞
The Beatitudes (St Matthew 5:3-12) Blessed are the poor in spirit, for theirs is the kingdom of heaven. Blessed are they that mourn, for they shall be comforted. Blessed are the meek for they shall inherit the earth. Blessed are they which do hunger and thirst after righteousness for they shall be filled. Blessed are the merciful, for they shall obtain mercy. Blessed are the pure in heart, for they shall see God. Blessed are the peacemakers, for they shall be called the children of God. Blessed are they which are persecuted for righteousness' sake for theirs is the kingdom of heaven. Blessed are ye when men shall revile you and persecute you and shall say all manner of evil against you falsely for my sake. Rejoice and be exceeding glad, for great is your reward in heaven, for so persecuted they the prophets which were before you. Amen
バックにはオルガンが流れているんだけど、最初のうちはそれが聞こえるか聞こえないかくらいの微かな音である。それぞれ章の出だしの言葉「Blessed」は美しい不協和音で伸ばされて強調される。ヘ短調で始まって、ペルトお得意の反復する音が少しずつ変化して淡々と進んでいく。歌の中で、ネガティブな言葉「persecute」「evil」「falsely」「revile」などは不協和音で歌われ、「rejoice」「glad」「heaven」などはキレイなハーモニーだ。で、たいした抑揚もなく進んできた曲が「Amen」で一気にクライマックスになる。ソプラノとバスがそれぞれ上下で一定の音をドローンし、中でアルトとテノールが、メロディを取る。アーメンが歌い終わるやいな、そこで今までずっと静かに歌と溶合いながら流れていたオルガンの音が一気に溢れ出てくる。この曲は最後の一言のために作られたんじゃないかと思うほど(笑)オルガンは低音と高音の一定の音をドローンしつつ、徐々に下降しながら登場したコードを逆行し、果無く消えていく。オルガンの最後の音が消えてからも曲は終了せず、しばらく音のない余韻を味わう。シンプルな音の積み重ねと反復の中の見事な美しさに感動し、ノックアウトされてしまうのである。
この曲のiTunesダウンロードはこちら。iTunesでダウンロードできるバージョンは、Paul Hillier版。他のよりもテンポが遅く、より空間的で神秘度高し。非常に美しいです。 CDはお得版めっけ。ペルトのCDはどれもジャケもミニマルでカッコイイのだが、これは誰かが寄せ集めた廉価ベスト版で、ジャケがダサイ。Best Of Arvo Part Arvo Pärt ジャケにこだわるベスト盤はこちら↓一時期聴き倒してダメにした1枚。これに収録のThe Beatitudesが一番好みっす。(Choir of King's College, Cambridge/ Stephen Cleobury)Arvo Pärt Sanctuary Arvo Part Franz Welser-Möst Richard Studt もっと一気にドカンとペルトしちゃいたい人はこっち↓なんと本日発売。ワシもほしい!!!(いろいろダブるだろうが)The Silence Of Being: The Music of Arvo Part Part Pitts Tonus Peregrinus
このブログ内のペルト記事:
Alina / Arvo Part Arvo Part Website アルヴォ・ペルト アルヴォ・ペルト - Wikipedia
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生意気なガキんちょ発見!ラフマニノフ大先生の「交響的舞曲@2台のピアノ」をヤっちゃってます。 まずは、旧ウエブサイトFrigid Heightsに掲載した日記を引用します。
2002年5月15日 今わたしがヨロコビで鼻水たらしながら聴いているのが、「交響的舞曲 Symphonic Dances Op.45」っちゅーやつで、ラフマニノフ67才のときの作品。彼が若干ハタチのときに作曲した「幻想的絵画」も大大好きだけど、この67歳のときの作品まで大好きという、これまたすごい幅でして(笑)わたしはどんな位置のラフマニノフも好きなんだろう。彼は1943年に69歳で亡くなっていて、これはラフマニノフの最後の大曲。もう体力は限界にきていて、コンサートのためのピアノの練習、作曲などで、夜には目が見えなくなっていたということですだ。 1曲目のノン・アレグロ「真昼」は3パートに別れていて、緊張感のあるハ短調からゆっくりした嬰ハ短調に変化していって、んで再び緊張感のあるテーマが登場、そして曲が終わるころには別のテーマが登場して“静”になっておる。たまんねえっす。 2曲目のアンダンテ・コン・モート「黄昏」は難しい 6/8拍子のワルツで(笑)「死の舞踏」のイメージで作られたらしい。なかなか不吉なカンジの曲...。3曲目のレント・アッサイ−アレグロ・ヴィヴァーチェ「深夜」は、1曲目と同じ3部構成になってて、両側の部分はヴェスパーみたいなロシアの正統風の音楽を引き継いだ香りがプンプンするっす。ものすごくカラフルな印象があるオーケストラver.も、2台のピアノver.もそれぞれ味わいがありますが、わたしが日々鼻水たらしてるほうはピアノver. の方です。
で、この曲、2台のピアノの為の曲(素敵なオーケストラバージョンは後に編曲された)は、先のYoutubeのコメント欄にも登場しているように、巨匠ホロヴィッツに弾かせようと作った曲というエピソード付きで、ラフマニノフ自身のピアノの超人的なテクとこの曲の持っている世界を思えば、とてもとても子供が扱うような曲ではない。ビデオの子たちのピアノ、確かに叩きまくりの感があり、ミスタッチも多々あり(あら探しじゃー)特に嬰ハ短調の狂おしいほどに切なく美しい部分に関しては全く心臓に刺さってくるものがなく、そこからテーマへ戻っていくときの見事なまでのトランジションもいつのまにか終っているカンジで、まだまだ未完成ではあるのだけど、それにしても、ここまでやってのけるとは見事としか言いようがないです。ああ、びっくりした。
この曲のオーケストラバージョン、いつだったか東京でデュトワ指揮のN響の定期公演に行ったっけ。ピアノにはない迫力で、パーカッションとかコントラバスとか、グラウンディング系の直接カラダに響くような音の印象が強かった記憶があります。そんときのブログが消えちゃったので、感想が残ってないのが残念。サン・サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番と抱き合わせ公演で、好きな楽曲二つでお得なコンサートでした。もう一曲はなんだったけ。ストラヴィンスキーのバレエ曲だったかも。ヒジョーに幸せな一時でした。
さて、交響的舞曲のお気に入りのCDです。どうやらワシの愛聴版はなくなってしまったらしい。でも、多分同じ演奏を納めたCDが一曲違いで入っているので、それも仕方ないな、と。「音の絵op.39」以外は全て同じ収録で、もの凄く残念なのが、めっっちゃくちゃカッコイイ「コレルリの主題による変奏曲」がナイことだ。たまらん抱き合わせだったのに、なぜアレを外す!?!コレルリのラ・フォリアの主題を使った変奏曲はカッコ良過ぎてこれだけで記事がひとつできてしまうので、ここではグっと堪えて触れないようにいたします。演奏はやっぱりアシュケナージ先生でして、2台のピアノのパートナーはプレヴィンさんです。御両者とも(指揮者でもあるわねえ)ラフマニノフは得意だし一貫して安心して聴いていられる必携版っす。
ラフマニノフ:2台のピアノのための作品全集 アシュケナージ(ウラディーミル) ラフマニノフ プレヴィン(アンドレ) ユニバーサル ミュージック クラシック 2003-10-22 売り上げランキング : 7939 おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools
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大晦日に見た夢 にまだウカレているワシ。夢にでてきた歌う男女に思いを巡らしてみると、やっぱりこの人、リサ・ジェラルドを思い出さずにはいられまへん。夢で聴いた歌は絶対にグロッソラリアであったし。彼女のグロッソリアはキリスト教的(彼女はクリスチャンだと思うけど)・オカルト的なものは横においておいて、ただ意識に流れてくるものを発声して音楽に乗せたもの(有名なとこではアディエマスの歌もそうなのかも)と勝手に解釈させてもらってます。 どうもここんとこフラフラと宙に浮いているようなので、ぼちぼち正月明けて仕事も復帰だし、ちとグラウンディングしないとダメだな、こりゃ。 昨日は夜一人で某和レストランにいったら、久しぶりに某デザイナー氏に偶然会い、一緒にお雑煮とお節を頂きました。美味しかったし嬉しかった〜〜〜。 Sanvean: I am your shadow/Lisa Gerrard
人々は自分たちをこのプリズンのような世界から解放しようと必死になっていて、そこから抜け出た人がいると「どうやったの?」と驚くけど、もの凄く簡単なことなのですよ。言葉を、自分だけの言葉を、ただ自由に広げていくの。人には、アートと舌(言葉)を通して対話を創造する能力があって、それは今まで想像したこともないような美しい世界への旅を可能にしてくれます。
Lisa Gerrard のインタビューから簡単に訳
オススメ:
ベスト・オブ・リサ・ジェラルド(DVD付)